2019年のコラム

   

今月のひと言

当社のコラム担当 「今が好き♪」 氏のコラムです。毎月連載します。

    
2019年 5月号 「人力車」New!
4月号 「歯科治療」
3月号 「競馬」
2月号 「東海林太郎」
1月号 「新元号」
コラムTOP
5月号 「人力車」New!

 『人力車』は日本人の発明した乗り物であると子供のころに聞かされたが、汽船・自動
車・飛行機などに比べてたいした発明ではないな、と思ったことを覚えている。
 この日本発の人力車、馬や籠に代わって明治の初期から急速に普及し、わが国だけでな
く「リキシャ」などと呼ばれて中国・インド、東南アジアに多数輸出された。明治期には
重要な市内交通の手段だったが、次第に馬車や鉄道に押され、自動車や円タクも走り出し
て大正期をピークに衰退していったという。戦後の一時期、自動車や燃料不足からわずか
ながら復活したというが、筆者の鼻ったれ時代の錦糸町や亀戸では見た記憶がない。余談
だがこのころよく目にした乗り物はGIが運転するジープで、後ろには例のスカーフをし
た2・3人の日本人女性が乗っていたものだ。

 さてその後、蒸気機関車が廃止されていった昭和40年代末には、逆に人力車が観光用と
して復活し出し、現在では京都・飛騨高山をはじめ鎌倉・浅草・小樽など主な古都・城下
町・港町には車宿ができて気軽に乗れるようになった。この3月に名鉄犬山ホテルに宿泊
する機会があり、犬山城とその城下町を散策したが、貸衣装屋で江戸・明治期の着物に着
替えて買い物や人力車に乗ることが若い女性たちにはやっているようで、あちこちで見か
けた。

 実は都の産業技術研究センターの共同研究事業の一環として「電動アシスト人力車」を
開発して、オリンピックまでには実用化するというプロジェクトが進行中で、ハード・ソ
フト・車宿など5社が参画している。当システムクラフト社もその内の1社。当然坂道で
の走行試験が必須だが、道路交通法により試験は私有地で行う必要があるとのことで、本
コラムでも紹介した日の出町の鹿野大仏参道が候補となった次第。幸い大仏のある寶光寺
住職の好意により、先月4月に浅草えびす屋の車夫により走行試験が行われた。道路勾配
はアイフォンアプリの計測で3~11度(5~20%)、アシストが作動すると2人乗っても十
分に登れるパワーは確認できたが、スムーズな加減速・坂道発進などに改良の余地がある
とのことだった。オリンピック頃には女性車夫が外人観光客を乗せて坂道も何のその、さ
っそうと走り回って評判になることを願っている。

4月号 「歯科治療」

 現在「歯科治療」中、と言っても抜歯が済みあとは1か月後に結果を見ることになって
います。昨年暮れに左下奥歯の虫歯再治療が終了し、今度は時々化膿していた右奥のブリ
ッジ部の治療と言うことになりました。10年ほど前に右下の奥歯(第2臼歯)が抜け、最
後まで生き残っていた親知らず(第3臼歯)と隣の歯(第1臼歯)でブリッジを構成して
今まで使用していましたが、なにせ親知らずは他の歯と比べて根が浅く、隣の分までかむ
力を分担させるには無理があったのでしょう。その上、左奥の治療中はもっぱらこちら側
を使いましたから、動き出してとうとう抜くことになった次第。親知らずは別にして今ま
で欠けた歯はブリッジしたこれ一本ですから年齢(後期高齢者)としては歯が丈夫だと言
われました。筆者の育ちざかりは戦後の食糧難時代で虫歯の要因になるような甘い飲食物
はほとんどなく、結婚することになって初めて歯医者に行きましたが虫歯は皆無でした。

 筆者の母親は97歳まで生きましたがほとんど自分の歯でした。80代で抜歯するときにこ
んなに抜けない歯は初めてだと医者を驚かしました。また、50代ころまで栓抜きが見つか
らないと歯でビールの栓を抜いて周りを仰天させていましたからなまじの強さではありま
せん。我々兄弟の歯の丈夫さも母親譲りだと思いますが、本人の言では結婚したころから
丈夫な子を産むために毎日「ワダカルシューム」を飲んでいたとのことで、遺伝より今で
言うサプリメントの効果で歯や骨が丈夫にとなったと言うことでしょうか。
 
 さて、今回の抜歯跡がふさがっても奥で支える歯が無くなりブリッジができませんから、
もともとなかった奥歯をインプラントにするというのがおすすめの処置のようです。イン
プラントに関しては賛否両論、あごの骨が溶ける周囲炎などでせっかく入れた土台のソケ
ットを抜くなどの問題もあり、今のところインプラントは不要と答えています。先生は何
かほかの方法で対処すると言っていますが、とりあえずこのままにしておいて支障があれ
ばそれから対応しても良いと思っています。命の寿命と歯の寿命、歯の方が圧倒的に長い
はずですからあわてる必要はなさそうです。

3月号 「競馬」

 『競馬』の配当金に史上最高額の4億7180万円の新記録が生まれた。つい先月24日の
レースでのこと。ネット販売限定の「WIN5」と呼ばれる投票法の当たり馬券の賞金で、
この馬券の売上総額は6億7401万円、100円馬券674万枚分だが当たりはたった1枚。売
り上げの70%の払戻金全額の一人占めとなった。このレースは当日阪神・中山・小倉の各
競馬場で順に行われた第10・11レースの5レースすべての優勝馬を当てるというもので、
3連単から単勝まで数ある勝ち馬投票方法中でもっとも的中確率が低いもの。他に、現在ま
での最高配当額は3連単2980万円・3連複695万円・馬単150万円・単勝に至っては57千
円となっていて、億馬券が頻繁にでるWIN5はまさに一獲千金のギャンブルと言える。
 この賞金、無税で申告不要と思いきや、所得控除50万円で確定申告が必要とのこと。当
選者が特定できなかったり、今までつぎ込んだはずれ馬券の購入費を必要経費として控除
するにも検証できなかったりなど、高額の賞金では税額が紛糾するケースも多いとのこと。
 
 もうひとつ。中央競馬ではこの1週間前の17日に初のG1レース(トップグレイドのレ
ース)出走の女性騎手が誕生し、人気を博した。この初戦は終盤の追い上げにもかかわら
ず5位となったが今後が期待されている。ところで、フランスは競馬大国で既に女性騎手
が2割近くを占め、彼女たちの活躍で売上・女性優勝ともに急上昇したというから、わが
国でも最高額や女性騎手のニュースが競馬ファンを増加させるかも知れない。

 筆者に関しては、大学時代に千葉在住の同級生と中山競馬場で一日過ごし、小遣いを掏
ってしまったこと。70年代に錦糸町の楽天地で適当に買った、日本ダービーの1-2・3-4・
5-6・7-8の連勝複式特券(1000円券)の一枚が当たり、1万円ほどになったこと、帯広ば
んえい競馬でそりレースを見たことぐらい。現役時代は会社の隣が「ウインズ立川」で、
昼休みにせっせと馬券買いをする社員もいたが儲けた話は聞かずじまいだった。すべから
く、ギャンブルと株式投資は遊び金の遊び買いが賢明のようだ。

註:「ばんえい競馬」は2007年8月号参照

2月号 「東海林太郎」

 『東海林太郎』と言えば戦前から昭和40年代半ばまで活躍した歌手です。マイクの前で
直立不動、丸いロイド眼鏡に燕尾服と言う定番スタイルで、「赤城の子守歌」、「麦と兵隊」、「旅笠道中」などのヒット曲が多数あります。NHK紅白歌合戦は第1回から数回出演、
昭和40年には紫綬褒章を受けたのを機に同年の第16回紅白に最後の出場をはたしました。
流行歌の大先輩と言えるでしょう。

 ところで、筆者の歯科主治医は女医さんで、医院は立川駅の南口にあります。奥歯の治
療がそろそろ終了と言うときに、「次回が私の最後の担当になります。」とのこと。その次
回に今後どうするかを聞いてみると、郷里に戻るとの返事。それが秋田で市内と言います。
 実は東海林太郎は秋田市出身です。秋田駅からほど近いところに生家あとと「東海林太
郎音楽館」があって、館長は東海林太郎と同じ早稲田大学出身、筆者の古い友人です。一
昨年春にこの佐々木館長の案内で音楽館を見学しました。女医さんに話すと、案の定、「知
りませんでした」。
 
 この音楽館、ビル2階の元喫茶店を改装したもので、1階は榮太樓の和菓子店。入口にポ
スター程度の案内板で、市内でも知る人は少なそうでした。しかしながら、内部は褒章を
胸に例の正装で来館者を迎える等身大パネルや勲章、直筆の掛け軸・扇子、レコードとジ
ャケット、系譜や写真がずらり。なかなかの見応えです。隅に生家の玄関が復元されてい
ますが、この玄関を開けるとなんと、中は横綱大鵬の記念品展示室でした。こちらも優勝
杯を持つ横綱のパネル・化粧まわし・トロフィー等記念品が狭いながらも壁面一杯。音楽
館に刺激された菓子店の奥さんが空いていた一室にコレクションを展示したそうです。
 
 東海林太郎と横綱大鵬、活躍時期に重なりはありますが会ったことはあるのでしょうか。
地元も知らない秋田の名所です。昨年暮れ、秋田に帰った女医のNさんはもう訪問したで
しょうか。
 
 註:音楽館はNPO法人東海林太郎伝承会の運営、所在地:秋田市大町2丁目1-11


1月号 「新元号」

 今年の5月1日から『新元号』に改元されます。ご承知の通り、今上明仁天皇の退位に
よるもので、崩御によるいわば突然の改元と比べて国や社会に準備や気持ちの上でも余裕
が生まれ、歓迎です。平成の幕開けでは昭和天皇の崩御によるお悔やみが裏にあり、新天
皇誕生を率直に喜ぶことができませでした。85歳の誕生日が過ぎてもなお、皇后さまと共
に公務に臨む姿に感銘を受けますが、もう少しでこうした務めから解放されることに国民
の一人として安堵を覚えます。長い間、ありがとうございました。
 
 さて、元号に関してのおさらいです。わが国の文化・風俗は中国の影響抜きには語れま
せんが、元号(年号)も中国にならったもので、大化の改新で知られる「大化」が最初の
元号で西暦645年のこと。以来綿々と続き、平成は大化以来231番目の元号とのこと。中
国は清朝が最後の元号となり、朝鮮半島やベトナムでも戦後で元号を廃止し、今や元号を
採用している国はわが国のみとなりました。帳票・申請書などの印刷コスト、コンピュー
タの数式やデータの変更、一年に2つの元号の存在、西暦と2本立てで年齢計算等のわず
らわしさなど不都合は数々ありますが、一生に2・3回しかない改元です。何とかしのいで
世界文化遺産ともいうべき元号を維持してほしいと思います。天皇に関しては、神武天皇
を始祖として、今回の皇太子徳仁親王の新天皇即位で126代目とされています。江戸期ま
では天変地異や吉兆などで同一天皇の代でも頻繁に元号が変えられましたが明治以降は天
皇一代一元となりました。
 
 新元号は改元の一か月ほど前には発表されるようですが、どんな元号になるのでしょう。
感じが良い・書きやすく読みやすい・その上何か由緒のある漢字2文字がヒント。頭文字
の略称がMTSH以外であることも必要かも知れません。歴代の元号で使われた文字は72
種。永・天・元・治・応が20回以上、和と正は19回使われ、昭と成は昭和と平成が初出
とのことです。こうした条件で既に巷間ではいくつかの候補が取りざたされていますが、
元号の公募は論外としても年号当てクイズでもあれば結構応募者は多そうです。いずれに
しても良い時代が予感できそうな元号を期待しています。