今月のひと言
当社のコラム担当 「今が好き♪」 氏のコラムです。
2018年 | 12月号 「鹿野大仏」 |
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11月号 「世界一高価な切手」 | |
10月号 「地球の逆襲」 | |
9月号 「保田小学校」 | |
8月号 「無声映画」 | |
7月号 「自治会」 | |
6月号 「谷戸沢処分場」 | |
5月号 「後期高齢者」 | |
4月号 「ホームセンター」 | |
3月号 「救急車」 | |
2月号 「太陽光発電所」 | |
1月号 「ビジネスクラス」 | |
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12月号 「鹿野大仏」
今年4月、日の出町の寶光寺に誕生した大仏は『鹿野大仏(ろくやだいぶつ)』と命名され、天気の良い日は結構な数の参拝客が訪れるようになった。
寺の境内にはかつて鹿の湯と言う温泉があり、明治の初め頃まで湯治客でにぎわったとのこと。湯跡が大仏参道の途中に残っている。この鹿の湯が鹿野の由来。青梅線福生駅と五日市線武蔵五日市駅間をつなぐ「西東京バス」の「塩澤秋川霊園前」バス停が寺の最寄り停留所で、バスはこのバス停のすぐ東側で秋川の支流、平井川を渡るが、この橋の名前が「鹿の湯橋」だ。
さて、このバス亭、実は拙宅の目の前。大仏が出来る前はもっぱら近所の顔見知りの人たちか、その家を訪ねてくる人が利用するのみで、利用客の多い路線ではなかった。実際、2・3年前に1日5便ほど運航を減らしている。ところが大仏のお陰で利用客が増え、一度に7・8人の観光客が降りるようになって、賑やかに。降りるとすぐにスマホを取り出して方向合わせ。中国人やベトナム人とおぼしき人に道を聞かれたりしている。つい最近、目の前にありながら気が付かなかったが、飲み会があってバス利用になり、バスを待っていてビックリ。なんとバス停名がいつの間にか「寶光寺前」となって、Houkou-ji Templeと英文も併記。大仏のお陰で一番潤ったのはバス会社だとのうわさは当たっているようだ。
当初、寺は10月に仏像台座下のスペースで建立時の資料展示や大仏の基となった10分の1座像の公開、一周して帰れる東参道の開通など完全公開を予定していたが、例の9月30日晩、JRなどが計画運休を決めた台風24号の風被害で大仏周辺の杉の木が大量に倒れて予定延期。参拝はできるが、現在でも毎日チェーンソーの音が聞こえ倒木の後始末が続いている。余談だが倒木被害は関東のゴルフ場でも顕著でどこもいまだに倒木の撤去中、ついでに言えば台風による塩害でゴルフ場に限らず観光地の紅葉も今年は今一つであった。
大仏は五日市線の車窓からも望める位置にあるが、住民など土地勘のある我々でも山中にまぎれた大仏を見つけるのは至難だ。寺では将来、紅葉の中で青銅色の大仏が映えるよう、周辺にモミジを植林育成している。数年先の秋にはモミジに囲まれた大仏を遠くからでも拝めそうだ。
註:大仏については2017年8月号「大仏像」を参照
11月号 「世界一高価な切手」
この8月新刊に『世界一高価な切手の物語』と言う本がある。著者はニューヨークタイムズの記者。サザビーズの競売人が友人で切手ではもっとも有名な、世界でたった1枚の「英領ギアナの1セント・マゼンタ」をオークションにかけると聞いて取材がはじまる。1856年南米の英領ギアナ(現在のガイアナ共和国)発行の臨時切手で、マゼンタ(赤紫色)地に帆船をあしらったもの。発行数が少なく忘れられた存在だったが、1873年に当地の切手少年によって発見された。結局、世に出たのはこの一枚のみ。以来、150年間に9人が所有するに至った経緯が物語られる。持ち主は代々大富豪たちで、現在の所有者はスペインの靴デザイナー。レディーガガ、ビヨンセをはじめ世界のファースト・レディたちが客層だ。2014年のオークションで、この数センチ四方の紙切れは950万ドル(日本円で9億6千万円)と言う気違いじみた価格で靴屋に落札され、切手市場最高額を記録した。取材を終えた頃には、素人だった著者も熱心な切手コレクターになっていたと言うことだ。
ついでに、『世界最高額の切手「ブルー・モーリシャス」を探せ!』と言う本の話。こちらは2007年発刊時で世界最高額だったもの。これも英領でアフリカの東、インド洋に浮かぶモーリシャス島の切手。総領事の奥さんがパーティの案内状用に1847年に印刷させたもので、ビクトリア女王の肖像画。赤い1ペニーと青い2ペンスの2種各500枚が発行された。後年島やヨーロッパで発見され、現存26枚。青はブルー・モーリシャスと言われて1枚1億円以上の相場。物語はそれぞれに発見のいきさつや転売の経緯を述べ、登場人物多数。この中には一時ブルーを6枚も所有していた尼崎市の会社社長もいて、世界的な郵趣家(フィラテリスト=切手コレクターのこと)として知られている。
ところで、かく言う筆者も中学時代はささやかな切手少年で、デパートの切手売り場や通信販売で買い求めたものがいまだに手元にある。本に触発されて段ボール箱から引っ張り出してみたが、所詮は子供のお小遣いが資金なので知れたものだが、アルバム7冊。調べてみると独身時代に購入したものもあり、日本の未使用2冊。外国切手・切手シート用・大正から戦前の使用済みが各1冊、戦後使用済み2冊と言った雑多な内容。日本切手は年賀・普通切手、外国ものはソ連の宇宙開発関連や鉄道・自動車・船などのトロピカル切手が目立つ。これから最新の切手カタログでも買って、相場のチェックでもして見ようかと思っている。
10月号 「地球の逆襲」
『地球の逆襲』とでも言えそうな自然災害の連続で、連日被害の報道が続いた。9月末に列島を襲った台風24号は鉄道の全面ストップや静岡県の100万世帯を超える停電などの大きな被害をもたらし、筆者宅でも今までにない被害となった。
この時期、ここ日の出町では例大祭である平井祭りにあたり、30日の本宮では夜になって八幡神社・春日神社の山車5台が神輿と合流し、町の宿通りを競い合うというメインイベントが繰り広げられることになっていたのだが、あいにくの雨と20時以降電車が止まると言うことで巡行中止。お陰で直会(なおらい)が早く始まり、その分飲む時間がたっぷり。今年は組長で受付を担当したが無事終了、町の人々にも知己が増えてついつい飲みすぎ。家に戻って汗を流した後、すぐ就寝となってしまった。
翌朝、庭を見てしまったっ! 台風前日には棚上の盆栽や風あたりの強いところの鉢は避難させていたのが、今回は対策せずじまい。10鉢以上が転落して鉢が割れる大被害。庭木や畑のオクラ・ピーマン・ネギがなぎ倒され、芽吹いた冬大根も半分は葉が吹き飛ばされた状態で片づけに半日かかってしまった。鉢は天災と言うより、酒災と言った方がいいかもしれないが。
今、わが国には昔はなかった、竜巻や短時間集中豪雨が一般的になり、自然災害も50年100年に一度の規模が毎年?発生している感がある。今年は2月の福井豪雪での自衛隊の出動、7月の梅雨前線の活発化による西日本の河川・土砂災害で200人を超す死者。7月末の西進逆走台風12号・8月淡路島の風力発電柱を根元から倒したUターン台風20号。9月になって、車を吹き飛ばし、関西国際空港などを襲って西日本各地に甚大な被害を与えた台風21号と、この大雨後の9月6日早朝の北海道胆振地方を襲って山塊総崩れを引き起こした大地震、そして今回の24号と立て続けの列島被害である。
国外でもハワイキラウエア火山の溶岩流、ギリシャやスウェーデン・米国西部の大規模山火事、今では台風並の米国のハリケーン被害、つい最近の1000人を超す死者と言われるインドネシアの津波被害と数えればきりがない。こうしたかつてはなかったはずの大災害で地球が暴れている。地球温暖化や紛争による火薬の大量使用・海洋汚染・ひしめく自動車などで病んだ地球の逆襲とは考えすぎにしても、地球の使い方がこのままでいいのかとの懸念は消えない。
9月号 「保田小学校」
この夏、『保田小学校』という道の駅にいってきました。名前から解るように元小学校をリニューアルしたもので、館山道「鋸南保田」ICを降りてすぐの好立地。グラウンドが広い駐車場になり、体育館が地場農水産物の大きな直売所、1階の教室が趣味のお店、カフェやレストランとなって並び、2階の教室は宿泊用の客室と研修室、別棟の職員棟が「里の小湯」という浴場という具合。小学校が泊まれる道の駅に生まれ変わり、結構な賑わいです。この鋸南町の町立保田小学校は創立126年という歴史のある学校でしたが、2014年に廃校となり、翌2015年末に「道の駅・保田小学校」となって復活したものです。
今やわが国各地では高齢化と同時進行で少子化が進み、在校生が減少した小学校や中学校が毎年数百校も廃校になるとのことです。筆者の卒業した江東区の小学校も統廃合されてすでに無く跡地は団地となっています。いずれにしろ、卒業した学校がなくなるということは、出身者にとって同級生や先生の思い出も消えていくようで寂しいことに違いありません。保田小学校に限らず、廃校の活用が各自治体で図られ、体験学習施設・工芸館・郷土資料館・宿泊研修施設・シルバー人材センターなど多くの分野で活用されていますが、交通の便が良いところは道の駅が格好の活用先と思えます。珍しいところでは病院・水族館などもあるとのことです。
こうした廃校の増加に対して、文部科学省は「みんなの廃校プロジェクト」再活用用途・利用者募集というサイトを立ち上げ、廃校と利用者のマッチングを推進しています。各都道府県の活用可能な廃校を、敷地面積・建坪と床面積・校舎平面図など詳細データをつけて紹介していて、北海道から沖縄まで300校ほどの候補があがっています。ほとんどが小学校、中学校は15%程度、高校が数校含まれます。今後年代が進むにつれ高校や大学の廃校も増えそうです。これから起業する人、コミュニティ創出を考えている人たちは入れ物として一考ください。
そのうち、老人ホームに生まれ変わり、かつての同級生が再び同じ教室で生活するなどということが起きるかも知れません。ブラックジョークのようですが、案外楽しいかも!
8月号 「無声映画」
『無声映画』を見ました。今年は、逆走台風12号の関東接近で7月28日の花火大会が各地で中止でしたが、そんな中、第34回「あきる野映画祭」が開催されました。映画祭は27から29日の3日間開催。連日5~6本の上映ですが入場料はシニア1日1,000円と格安です。
毎年、国内外の話題作、ベテラン監督・新人監督もの、アニメやドキュメンタリー、映画祭受賞作や古今の名画などが選ばれ、小休止を挟んで次々に上映されます。筆者は見たい映画や見逃した映画を選んで見る程度でしたが、今回は通しで一日鑑賞に挑戦しました。1日目は薬師丸ひろ子特集、2日目は弁士付き無声映画3本立てと斎藤工監督最新作「blank13」・巨匠小津安二郎監督1959年「お早よう」・シリア難民と地元民の物語「希望のかなた」2017年度ベルリン映画祭受賞のフィンランド映画。3日目はアニメ・大杉漣追悼作品などでしたが、結局2日目28日を選びました。
会場は五日市会館13:00開演、定員400人ですが4割ほどの入り、それでも主催者側はこの大雨の中、おいでくださいましてと感謝の辞。さて無声映画。上映に先立ち、女流弁士の澤登翠(みどり)さんの挨拶です。映画の予備知識や活弁の世界などの解説がありました。最初の上映は内田吐夢(とむ)監督1925年作品「虚栄は地獄」、職業をお互いに偽って結婚した夫婦の話で、大正末期の街並みや路線バスが見どころ。2本目は「雷電」1928年、映画のマキノの牧野省三監督作品。雷電為衛門のいわば「しょっきり相撲」で結構面白い。監督の子息でこれも監督のマキノ雅弘が、がりがりの体で雷電の相撲相手を演じている。3本目は斎藤寅次郎監督1935年「子宝騒動」。陣痛が始まった妻のためにお産婆さんを探し回る夫の奮闘記。大富豪のペット、豚のももこちゃんの名演に拍手です。
と、各30分ほどの短編で、いずれもドタバタ喜劇でしたが時代背景と共に楽しめました。セリフ無しでも見ればわかる喜劇はチャップリン以来、無声映画にはうってつけであったことが解かります。さらに一人で登場人物全員を代弁するには、異性の声を出しやすい女性の方が男性弁士より適任かも知れません。この道40数年とのこと、澤登さん、今後もご活躍を!
残り映画の3作も秀逸であったことを伝えておきます。20:30完でしたが大雨は予報ほどのこともなく無事終了しました。
註:あきる野映画祭については2012年9月号「五日市物語」を参照ください。
7月号 「自治会」
『自治会』の組長の当番が回ってきました。ここ日の出町は住民17,000人、28の自治会で構成され、各自治会内は10~20世帯ほどの組に分かれます。筆者宅が所属する第3自治会は9組120世帯ほどと特別会員として6社の老人ホームと3法人が組員で、この4月から任期1年で2組の組長と言う訳です。組長名としては世帯主が登録されていますが、集金や会館の掃除などたいていの行事は奥さんの担当。飲み会、お祭りなどいいとこ取りが組長の担当です。もっとも拙宅は家人の実家ですから、まだこちらは町内に知己が少なく、大きな顔はできませんが。
元々自治会や町内会は地域住民による任意団体で、法律で決められた組織ではありませんから、組織する・しない、あるいは加入・脱会も自由です。筆者の大学同期ゴルフ仲間には結婚以来、数回転居していますが自治会のある町内では暮らしたことがないという者もいるのです。ちなみに、現在稲城市在住で隣近所に自治会は無いとのこと。とは言っても各地方自治体はこうした組織の活動に何らかの助成金・補助金を給付したり、意見交換の場を設けたり、回覧や資源ごみの回収を依頼したりで行政の下部組織として重宝しているはず。
自治会の財政状態もさまざま。転居前の我が町あきる野市では、西伊奈自治会に所属していました。抜けたから言うわけではありませんが、結構な貧乏所帯。北伊奈自治会が肥大化して分割誕生しましたが、自治会館は借地にプレハブと自前調達。お祭りは近隣自治会と合同開催ですが、町内にスーパーやコンビニなどチェーン店やレストランなど皆無、花代・寄付が入りません。神輿は会員大工の手作りと、当時組長や神輿係をやりましたが肩身の狭い思いです。一方職人肌が多く、道普請・花壇や御仮屋つくり・餅つき大会など、お金がなくとも会の維持管理はみんなでこなし、そのせいか仲良し自治会でした。
一方、今度の自治会には地域内の谷戸沢処分場(資源循環組合)の補償費が300万円、火葬場(斎場組合)からの支援費が50万円と、町の助成金とは別に毎年交付されますから、文字通り使いきれず、特別会計として4000万円超の余剰金を抱えています。この使い道は
特定されておらず、何か提案できないかと、日々悩んでいますが、「お父さんっ。越してきたばかりで、よけいなことは言わないの!」とは、家人の弁です。
6月号 「谷戸沢処分場」
町の『谷戸沢処分場』を見学した。正式呼称は「日の出町谷戸沢廃棄物広域処分場」。
多摩地区26市町から出た不燃ごみ・焼却灰の埋め立て地だ。14年間に渡って埋め立てが行われ平成10年で完了、以後自然回帰と環境調査が続けられ、現在は処分場跡地と呼ばれて一部は少年野球のグラウンドやサッカー場として公開されている。一方、谷戸沢後の埋め立て処分は秋川街道を挟んだ反対側の「二ツ塚処分場」で継続中、平成40年まで使用される予定だ。
余談だが、平成の大合併では当時の秋川市・五日市町・日の出町・桧原村の4市町村合併が広域行政対象であったが、桧原は村を、日の出は処分場収入を守るために抜けて、結局、秋川と五日市の合併で平成7年にあきる野市が誕生した経緯がある。その頃、防水シートからの漏水、環境破壊などの問題も提起され、日の出町の知人に会うと、「ゴミ収入が無くなってから合併したいと言っても遅いからね」などと言っていたものだが、今ではあきる野市から日の出町に転居して5年。処分場収入で医療費無料の恩恵に浴する身となってしまい、複雑な思いだ。
と、言うわけでこの5月自治会企画の処分場跡地見学に初めて参加。見学後は例の日の出大仏参拝もあって子供も含めて40名ほどの参加、全行程徒歩と言う近さだ。20分ほどで処分場の南門到着。事務所(東京たま広域資源循環組合)職員の案内で場内へ。芝とつつじに囲まれた公園なみの道から少し山道に入ると、ソーラーパネルの列、昨年10月から稼働した由。7,200枚のパネルで発電量2メガワット、500世帯分の電力を生み出すという。埋め立て事業と自然回復の取り組みなどを紹介する記念館では、この20年間に造成された草原や水辺に戻ってきたカヤネズミ・ホタル・サンショウウオ・カイツブリなどの資料展示、巣箱で営巣中のフクロウとヒナたちのライブ映像が見られて、自然復帰をアピール。
散策した広大な敷地は言われなければ、足元に焼却灰や不燃物が40Mの厚さで積もっているとは思えないが、自治会の処分場監視委員会が水質・環境因子など生態系への影響を定期的にチェックしているとのこと。跡地の全面開放時期は未定だが、エノキ林を囲う国蝶オオムラサキの飼育ケージで幼虫が見られたのは収穫だった。6月末頃の羽化時期には見学会・放蝶会が予定されているというので再訪するつもりだ。
5月号 「後期高齢者」
昨年11月末に75歳となり、『後期高齢者』となりました。この呼び方、なんとかならないでしょうか。こう呼ばれる本人たちは総じて納得していません。85歳からは末期高齢者、95歳以上は終末期高齢者とでも言いたいのでしょうか。
ところで、75歳を機に会員資格を失ったと言うことで、長年お世話になった健康保険組合に代わって「後期高齢者医療保険」に加入することになりました。保険者は「東京都後期高齢者医療広域連合」とあり、窓口は居住地の市町村役場です。一方、家人も健保から抜けたと同時に、配偶者の扶養家族扱いがなくなり、無保険となりましたが、こちらは町の国民健康保険に加入です。こうして、今まで健保1本で済んだものが夫婦別々と面倒になったあげく、驚くべきは保険料です。以前の健保月額は二人で3,000円程度だったものが、筆者の保険料が23,700円、家人が3,000円とほぼ9倍の支払いとなってしまいました。
筆者に関しては、血圧と痛風の薬を6週間ごとに処方してもらっていますが、診察と薬代で総額が8,600円。自己負担一割ですから筆者の支払いは860円、健保が残り9割の7,740円を負担しますから、通院の度にすまない思いでした。ところが今度は23,700円の保険料ですから、元が取れません。まっ! 保険ですから一時の損得で論じるわけにはいきませんが。わが日の出町は高齢者福祉をスローガンとし、後期高齢者医療費の自己負担分は全額補償される制度がありますから、保険料さえ納めていれば無料で医療機関の治療が受けられ、他の自治体よりは安心です。とは言っても毎月の保険料が医療費より高額で、75歳になったとたんに負担増では「お年寄りにやさしい町づくり」とは言えないようにも思えます。町長さん、ご検討ください。
あっ、2月は救急病院に運ばれ、その後CTスキャン・血液検査・24時間心電図などで自己負担5,100円の支払い、医療費総額51,000円でしたからこの月は文句なしでした。ついでに救急車事件その後の報告ですが、精密検査の結果どこも異常がなく、様子を見ようと言うことで、脳・神経系の検査は(再発まで)保留となっています。やはり、酒は楽しみながらほどほどが長生きの要諦かもしれません。
註:「高齢者福祉」は2014-10月号・「救急車」は本年3月号を参照ください。
4月号 「ホームセンター」
『ホームセンター』の常連です。特に買うものがなくても工具・木材・塗料・植木や農耕具などを見に行きます。ここ10年・20年ほどで多摩地区にホームセンターが増えました。江東区から西多摩に転居して、羽村・あきる野・日の出と住み替えましたが初期に近くにあったのは五日市線秋川駅の「ムラウチホビー」。残念ながら恩方店・吉野店が閉店し現在は八王子・あきる野で3店舗のみの営業。マイナー店ですが付き合いが古く、顧客サービスに幕張メッセのDIY用品ショー見学や日帰りバス旅行、ポイント15倍日などの企画で必死の営業姿勢がうかがわれます。金魚の餌・園芸用土・野菜苗などの購入先ですが、工具などもここにあれば無理をしてでも買って、応援しています。
とは言ってもて見ごたえのあるのは大型店。「カインズホーム」青梅インター店が2003年にオープンし、周辺の店舗勢力が変わりました。青梅線小作駅にあった「ドイト羽村店」がほどなく閉店、「ホームセンターヤサカ」「農協」などの売り上げにも脅威となりました。主として木材と砂利・煉瓦などアウトドア資材の購入先ですが電動工具や家庭用品などなんでも揃って重宝しています。3年前にテレビ朝日の取材を受けたのもこの店の木材売り場でした。作業関連用品の「ワークマン」は関連会社。
さて、お気に入りで地域一番は瑞穂町の「ジョイフル本田瑞穂店」。千葉・茨城県に多く、東京は2007年開店のこの店舗のみ。通常のホームセンター用品に加え、ガソリンが安く買い物ついでに給油したりします。特筆ものは趣味性の高い工芸用品が揃うこと。革・手芸・陶芸・彫刻・ステンドグラス・絵画・書道などなど、プロ用品が手に入ります。更に2Fのアンティークショップ「ジョイフル2」もお勧め。阿見町にはアンティーク家具の倉庫や修理工場・店舗もあって掘り出し物が探せます。また群馬の新田店には有料のイングリッシュガーデンも併設されて充実の営業内容を誇ります。輸入工具・文房具・農業用品などの購入先です。
他にも近くの「ケーヨーD2」、「コメリ」は緊急購入先。「ドイト東久留米店」などもポイント会員でドライブがてら足を延ばします。暖かくなりました。畑仕事や工房仕事で買い物が増えそうです。
*註:カインズホームについては2015-3月号「テレビ朝日」参照
3月号 「救急車」
『救急車』のお世話になりました。遠くで家人が電話をしている声を聴いたようでしたが、気が付くと‥‥。
この晩、ビールを一缶飲んでからご飯を済ませ、その後お銚子一本。お調子ついでにワインもグラス半分ほど飲んでいい気分。そのままテーブルに座ってアイフォンの画面をめくっていたところまでは覚えているのですが‥‥。家人の話では急にうめき声を発し、白目をむいて椅子から滑り落ち、顔面蒼白で呼んでも反応がなかったとのこと。慌てて119番と言うわけ。しばし失神状態で気が付くと床に寝ていました。すでに駆け付けた救命士により計測済だった血圧は40~100、心電図は異常なしと言われました。
実は2年前の1月末にも飲んだ後に同じような症状がでましたが、意識はあって話もできる状態でした。苦しくはなかったので、救急車を呼ぼうとした家人を止めて様子を見ているうちに治ってしまいました。この時の長女の見立ては飲酒による脱水症でした。
今回は前より大ごとのようでしたが、意識も戻りじきによくなりそうでした。そうこうするうち更に男たちが到着。最初は消防車、次が救急車の乗員でした。この時はすでに立てるまで回復して、病院に行く必要はなさそうでしたが、その旨家人が伝えると「では行かないのですかっ!」と言われてしまい、筆者も同時に「行きます!」。道路脇に赤色灯を回して消防車と救急車が待機、玄関先でストレッチャーに乗せられて家人と共に救急車に収容されました。行き先は横田基地向かいの「目白第二病院」。車内で聞きましたが今日は救急車が払しょくしてあきる野市の消防車が第一出動、救急車は青梅市の所属でした。当直医はすでに経過を聞いていて、簡単な問診のみ、不整脈かも知れないから精密検査が必要との診断。救急車は無料、診察費は一律1万円で後日保険精算。長女の車で帰宅しました。
翌2月1日早速、かかりつけの「日の出が丘病院」で検査。頭部のCTスキャンは所見なし、きれいな頭で褒められました。心電図も異常なし。次、血液検査。採血管3本で21項目の化学検査でしたが翌週の結果ではこれも健康そのもの。現在、ホルター型と言われる24時間心電図の解析待ちです。これで循環器系検査は終わり。異常がなければ次はMRI等による脳・神経系の検査が予定されています。案外脱水症からくる一過性の貧血が原因かも知れませんが、結果はいずれお知らせします。
2月号 「太陽光発電所」
『太陽光発電所』の工事が町内で進められている。事の起こりは昨年6月に事業者側か
らの住民説明会があり、なんと住宅の立ち並ぶ真上の急斜面を伐採してソーラーパネルを
設置するという話。元々は個人所有の山林を土浦市のソーラー発電事業者が取得し、開発
を進める計画で、北側には霊園が広がっている。住民には寝耳に水。豪雨時の排水・土砂
崩れなどの災害リスク、景観問題、反射光や環境への影響など多くの疑問や懸念が起こり、
その上周辺地域には何の恩恵もない。自治会としては当然の反対表明。双方その後も説明
会をもつも平行線のまま。一方事業者側は排水路の拡張、土盛りによる斜面の緩和など若
干の工事内容の変更で都に工事申請を提出。結局10月に東京都多摩環境事務所から工事許
可が下りてしまった。
工事規模は9,482㎡の土地に2,544枚のパネルを設置するというもので規模からして都
の案件とのこと。自治会はこの事案が出された当初から町に対して様々なリスクや懸念を
示し、説明会の経緯を付して工事中止などの陳情を行ってきたが都対町の悲しさか、効果
なし。最も町としては固定資産税の税収は魅力かも知れない。工期は平成29年11月1日
から平成30年3月31日。こうして11月1日「日の出町太陽光発電所建設工事」の看板が
たち、住民の反対を無視して三重県の工事業者により工事が開始された次第。筆者には他
山の石、数回行われた説明会に出席したこともなく、場所も不明だったが暮れに近所を通
って仰天、山肌むき出しの斜面がいつの間にか出現。素人目にもここで大丈夫かとの思い
だ。
この1月20日に説明会があると聞いて、初めて参加。向こうの論調は排水基準・鉄筋に
よる斜面安定化などは都の条件に合致していて、工法も実績がある。工事の安全と車両や
重機の往来・騒音などの迷惑を最小限にして工期内に完成する。といった具合。都の排水
基準は時間60㎜の雨でこれには耐える設計とのこと、今どきの豪雨が60や100で済まな
いのは周知の事実だが、工事許可が錦の御旗かお墨付きと言う訳。周辺には断固反対の看
板もあるが、筆者など災害のとばっちりが及ばない住民には残念ながら、切実さが今一つ。
工事許可が下りてからの地域住民による工事反対運動が奏効することはまれだ。こうした
許認可の審査
に周辺住民の意向が反映される仕組みがのぞましいのだが‥‥。
*ソーラーパネルは2011年7月号『発電瓦』を参照。
1月号 「ビジネスクラス」
『ビジネスクラス』でベトナム北部を観光してきました。5月の香港・マカオに続き、年
2回の海外旅行でした。メンバーもほぼ同じ仲間で9名。ここに船橋の同年輩夫婦が加わっ
て総勢11名のJTB旅物語ツアー、12月6~10日の日程です。5月は成田発でしたが、今回
は羽田発。初日6:55空港集合です。圏央道日の出ICから湾岸大井南ICまで高速道路で
一時間余り、「パーク&ライド羽田」駐車場に車を預けて送迎バスで空港到着。この駐車場
も以前は1日500円でしたが今は1,000円と値上げです。全日空の受付でeチケットを受
け取り、チェックイン。搭乗手続と通関後、一同早速ラウンジに。エコノミーには無い食
事のサービスです。ブッフェスタイルで寿司・麺類・サンドイッチ・サラダなどホテル並
み。ビール・ワインも自由、それぞれ思い思いの朝食をとりました。
さて機内へ、さすがにシートは十分な広さ。15インチほどのモニタにフルリクライニン
グシート。サイドテーブル付きで、窓際1名中央2名の横4列掛けです。天井トランクも
座席ごとに設けられ、脱いだコートにはクロゼットが用意されています。座席について落
ち着くと、担当する乗務員が自己紹介です。飛行中の食事も筆者は洋食・家人は和食でし
たが、エコノミーとは違い結構いけました。機体はB787-9、B.クラスは40席で2か所のト
イレ、上空でワイン・バーボン・ビール・日本酒と進められるまま、意地汚く飲みました
がトイレは並ばずに済みました。
初日ハノイ到着後はノイバイ空港から海の桂林と言われる世界遺産「ハロン湾」にバスで
移動、湾沿いはホテルやショッピングモールなどの建築ラッシュ、世界遺産効果でしょう
か。
海鮮料理の夕食後、ホテルへ。翌日は200トン級のチャター船でハロン湾めぐりと途中上陸
で鍾乳洞観光、照明や通路が整備され見応えがありました。ハノイに戻って3日目も世界
遺産のチャンアンへ、女船頭さん手漕ぎのボートでリバークルーズ。4日目はハノイ市内観
光と陶器の里バッチャン村見学、夜はホアンキエム湖畔で水上人形劇鑑賞。翌最終日はホ
テル前のロッテマートとデパートで買い物、午後帰路となりました。
ビジネスクラスのツアーは旅費が3倍近くしましたが、ホテルもレストランも快適でした。
同予算で3回海外旅行をするか、多少リッチな旅行を1回にするか、次回の課題です。
*香港・マカオは2017-6月号参照。
**ベトナムハノイは2008-11月号参照。